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ふきのとうの叫び 

慌しく駆け巡った湘南-桜上水-水の里のルートも、早いもので今年最後となった。水の里は、11月下旬に1度雪が降って積もったが、その後のポカポカとした小春日和に雪は融かされ姿を消した。こういう時は朝夕の路面凍結が深刻で、すでに羽鳥湖脇の急カーブで軽自動車が大破したということだ。ヘッドライトを必要とする暗闇の中なら、反射して路面がキラキラと光ることもあるが、日が昇ってからでは一見すると他の路面状況とは全く変わらないため、突然のスリップとなってしまう。
この時期の水の里は、あさ8時半頃お日様が顔を出し、午後2時前には山に隠れてしまう。そして4時を過ぎると外灯に灯りがともる。そんなサイクルだから、水を汲む時間は極端に短くなってしまう。だからといって、水を汲める本数も少なくなるかといえば、さにあらず。他の季節と違って、山からの収穫物が無いので水汲みに専念するしかなく、逆にきのこや山菜の季節に比べて、1日に汲める本数は増えている。


今回のお水採りも、そんな調子でいつもよりも早めに終わったので、水場に正月を迎えるためのしめ縄はりを行なった。まずは、不要な草を刈る。葉わさびが小さな葉を元気良く広げている。茎はどうかなと葉をたどってみると、かわいらしく親指よりも太く成長していた。山から移してどれくらいたつだろうか。早くも4、5年は経過しているか。もう立派なわさびが摩り下ろせるだろうが、いま少し成長を待とう。おやっ?その脇にふきのとうが出ているではないか。ひとつ見つかると、まわりにポツポツと顔を出しているのが目に入る。1度雪が降って積もり、それが融けて暖かい陽射しに春と勘違いしたのだろうか。そういえば、今回のお水採りでも、お昼頃に陽射しがあると、上着を1枚ないし2枚を脱いでいた。こんなことは春さきに行なうことだから、ふきのとうが勘違いしても仕方のないことだ。
ある研究者に言わせると、今は小間氷期が終わり氷河期に突入していなければならないらしい。事実、地球のサイクルとしては氷河期に突入しているようだが、人工的な温暖化のせいでそのサイクルに変化がでているようだ。こういうときは、氷河期と温暖化がうまく調和されるような都合の良いことはなく、局地的に極端な豪雨や旱魃、気温の上昇や低下が繰り返されるらしい。だから、過去のデータの統計からはじき出す天気予報など当るはずもなく、週間予報などまったくあてにはならず、翌日の天気予報ですらしょっちゅう変更される有様だ。この間など、ラジオから流れる天気予報で1時間毎に訂正され、パーソナリティーの女性がその都度謝罪していたが、彼女はあくまで原稿を読まされているだけなのだから、かわいそうに思えて仕方がなかった。
年の瀬を迎えて、日々景気悪化に伴う大量解雇のニュースが垂れ流されている。派遣や日雇いだけにとどまらず、正規雇用の社員まで解雇されている状況だ。ただ、こうした状況も、元をただせば偽装に満ちた社会状況によって溜まった膿が、少しづつ出されている過程に過ぎないように思える。もう自然も人も偽物に嫌気がさし、いよいよ本物を求め始めたようだ。これから一層、様々な物や事柄が淘汰されていくのだろう。今を生きるために、明日に毒を流すようなことは、もうやめよう。前述の研究者曰く、長い歴史のなかで人はずっと飢えて暮らしていたらしい。今でさえ、国や地域によっては日々飢えている。こうしたなかで、ちょっとやそっと飢えても平気なように、人の遺伝子には組み込まれているようだ。
年の瀬にひょんなことから姿を現した"ふきのとう"が、『もうこんな時期に出てきたくなんかないよ!?』と言っているようだった。そんな自然の小さな声に、もう少し耳をかたむけよう。それが、こんな世の中で生き残るひとつの術なのだから…。
- 高 志 -

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