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宝 物  

前回の配達の際に、ある会員さんから1冊の本をご紹介いただいた。
『だけど、くじけない 子どもたちからの元気便』長倉洋海と東北の子どもたち(NHK出版)という本である。屈託の無い笑顔の少女が表紙のフォトブックである。
昨年の東日本大震災において被災した東北3県4地域の子どもたちの写真と作文が綴られている。震災後半年以上が経過してから撮影されたとはいえ、その子どもたちのとびっきりの笑顔にはまさに『心が鷲摑みにされた』思いであった。だけど、その子どもたちの心の奥底に刻み込まれた恐怖と寂しさと怒り。それでも前に歩んでいこうという強い信念。子どもたちには、はっきりと明るい未来が見えているのだ。この子どもたちに対して、いったい僕達大人は何ができているのだろうか?子どもたちの思いに対して、邪魔ばかりしているのではないのだろうか?
子どもたちに対して、何ができるのだろうなんて大層なことなど言えない。せめて子どもたちの思いを邪魔しないようにしなければ・・・。
福島・いわきの12歳の少女は『大人の人たちは、「福島原発」というふうに言う。でも、本当は、東京の電力なのに、福島県がわるいっていっているようで、ちょっとつらいです。』と作文に書いている。東京電力管内で生活している者としては、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
また他の12歳の少女は『私は今、とてつもないかなしみといかりでいっぱいです。それは、ニュースで福島原発のことや、ほうしゃせんのこと、同じ日本人なのに、あぶないものあつかいされること、新聞で外国から、「福島という名前をやめたらどうだ」などの記事を見ると、涙といかりがこみあげてきます。私は絶対、福島と言う名前をあきらめません。それは、福島が大好きだからです。』という一文をのこしている。

一概に福島と言っても、その広さたるや日本で3番目というほどである。だから、通常福島は浜通り、中通り、会津と3地域にわけられることが多い。縁あって、会津に通っている僕にしてみれば、いわきのある浜通りとは遠い地域のように感じていたが、福島以外の方々からすれば、そんなことお構いなしに、すべて福島である。
ゆえに、どんなに線量計ではかった数値が極端に低い南会津の枝松という地にしても、福島とひとくくりにされて敬遠されてしまう現状に、怒りとともに変な後ろめたさを感じることもある。
先の少女の一文を目にして、思わず目頭が熱くなった。心に刻まれた思いは、比べようもないものだし、比べるなんて失礼極まりないことであるが、彼女と同じく、僕も福島が大好きだ。
ここに抜粋させていただいた2点が、この本のなかでは極めて稀な存在と写るほど、全編にわたって前向きな思いや、希望に満ちた未来、感謝の言葉にあふれている。先にも触れたが、この本は子どもたちのとびっきりの笑顔と、前向きな思いに彩られたとても元気になる1冊である。
最後に宮古の鍬ヶ崎小学校における6年生の学習発表会「輝こう鍬ヶ崎小学校」の中からの抜粋で『自慢のきれいな海がなくなってしまった。好きだった活気のある町がなくなってしまった。でも、鍬ヶ崎には優しくて温かい人がたくさんいた。だんだんと以前の活気が戻ってきた。以前の美しい自然を、輝く鍬ヶ崎を取り戻そうと立ち上がる人びとがいた。宝物とは「物」のことじゃない。本当の宝物とは「人」のことなんだ。私たちは真っ白な地図を受け取った。この真っ白な地図に輝く鍬ヶ崎を創っていこう。そして、宝物のように輝く人になろう。』
最近は少しずつ減ってきたが、当初は被災者に向けて『がんばれ!』という言葉が多く投げかけられた。しかし、彼等からしてみれば『これ以上、何をがんばれっていうんだよ』という思いを抱いているというようなことを聞き、その言葉を僕の中では封印してきた。この本の子どもたちから、『ぼくたちはがんばっているよ、だからみんなも一緒にがんばろう』と聞こえてきた。
- 高 志 -

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