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すべては子ども達のために・・・ 

 年明けから様々な事が起きており、ベストセラー本の『心を整える』ではないが、心穏やかに過ごすことを願いつつも、なかなかそうはいかない現状に、少々自己嫌悪に陥ったりしている。 
小さなことをあげたらきりがないので大きなことに話題をしぼり、まずは水の里の出来事について触れてみたい。新年最初のお水採りは、毎年三が日明けの4日から行っている。今年もそのつもりで用意をしていたのだが、4日朝に救急車騒動が起こり、見送ることになった。幸い大事には至らなかったが、なんとも今年1年を象徴するような始まりとなった。
明けて5日早朝、いよいよ水の里に向かうべく、まだ暗闇のなか家を出発した。なぜそんな時間に出発するのかというと、冬の間は路面が凍結しているため、除雪がひと段落し日中の一番気温が高い時間帯に山道を走ることが、もっとも事故を回避できる可能性が高いからである。
お昼頃、無事に水の里に着くと、村おさ・長さんが薪ストーブの前に陣取り、昼食を食べているところだった。案の定、森のバスの前は除雪によって固められた雪壁に阻まれ、雪かきをしないとバスのなかに入れない状況であったが、まずは村おさ・長さんに新年の挨拶に伺った。ひととおり挨拶を済ませ世間話などをおえると、いよいよお水採りの準備をするため、雪かきにとりかかった。その時だった。絶えることなく流れでる滝の沢の水場が雪に覆われ、凍っていたのだ。
冬の間は、パイプの凍結を防ぐためにバルブを開けっ放しにして、常に水を流しておくのだが、どうやらそうした知恵のない人が水を汲みにきて、バルブを閉めてしまったようなのだ。かれこれ13回目の冬を迎えるなかで、初めての出来事だった。村おさ・長さんに相談し、どうにか同じ水をひいているお店で汲ませてもらうこととなったが、波乱の幕開けとなってしまった。
その流れは、さらに大きなうねりとなって10日の朝に襲いかかってきた。配達の準備をしていたときにかかってきた1本の電話。トラさんが救急隊によって病院に運ばれた。電話から醸し出される慌しい動き。今まで幾度となくかかってきた電話とは、明らかに異なっていた。しばらくして、携帯メールに届いた『死にました』の文字。そこから怒涛の日々がはじまった。

霊安室に横たわる姿、棺の中で目を閉じている姿、焼き場に入れられ骨になった姿を目前にしても、現実を受け止めるには困難であった。あまりにも、あまりにも突然すぎた。
今、思う、トラオという存在はいったい何だったのだろうか。あまりにも強烈な個性の持ち主だった。それまで育ってきた環境の中では、到底ありえない世界へと導いてくれたことはたしかなことだ。時間が経つにつれ、忘れていた思い出が色々と蘇ってくる。出会った当初は、訳がわからなかった。トラさんも僕について訳のわからんやっちゃと思っていただろう。同じ言語を使いながらも、その意味するところは接点をみないという感じであった。とにかく、何を言おうとしているのかということを、必死に模索していた。
どのくらい理解できたのだろうか。半分くらいはできただろうかという思いとは裏腹に、結局は何もわかっていなかったのではないかという思いもある。喜怒哀楽、様々な感情が濃密に凝縮されたような13年であったことは間違いない。
トラさんの死後、初めてのお水採りは暖かな太陽の陽射しに包まれていた。極端な寒がりであったトラさんが、暖かくしてくれたようだった。この暖かさに一縷の望みをかけて、温めたお湯を水場のバルブに掛け続けた。村おさ・長さんも薪ストーブでお湯を用意してくれた。何杯お湯を掛けつづけただろうか?お湯を掛け終わり、空になったやかんに水を入れ、薪ストーブにのせて水場に戻ってみると、滝の沢の水が力強く流れおちていた。
トラさんのおかげで、みなさんとの出会いに恵まれるに至ったこのあいづの水が戻ってきた。これからもトラさんの思いと共に。『すべては子ども達のために・・・』
- 高 志 -

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