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冬が来る前に 

駆け足で過ぎ去っていった水の里の秋。夜、村内に設置してある気温表示計が、遂に0℃を点滅させていた。ラジオから流れる天気予報では、翌朝濃い霧に包まれるとの知らせ。夜中に目を覚ませて星空を見つめると、東の空からオリオンがゆっくりと起き上がってきた。冷えた空気のせいか、普段よりもきらめく星々に見とれていても、肌を突き刺すような冷気でなくなってきたから、予報通り朝には霧が出るだろうと確信し、ふたたび布団を頭から被ってもうひと眠り。
朝、心細そうに鳴く鳥の声に目を覚ますと、通りをはさんだところにある村おさ・長さんのお店である東北釣堀苑が霞んで見えないほどの霧に包まれていた。霧の中、一筋の光が向かいの背見山から水の里を突き抜けると、水墨画のような幻想的な光景を一瞬だけ作り出し、次第に霧を晴らして、いつもの水の里を浮かび上がらせていた。
昨夜のオリオンと言い、朝の幻想的な光景と言い、自然が作り出す芸術に心が弾んでいたところに、さらに今回のお水採りの間、一度も味わうことがなかったお日様の暖かさに包まれたのだから、否が応にも身体が動き出すというものだ。それでも、村の気温表示計は10℃を点滅させるだけだった。暖かい。骨の髄まで感じるような暖かさに、汲み終えた水のタンクをクルマに積み込む作業をしていると、じわりと汗が滲み出してきて、T-シャツ1枚になったほどだ。

それでも、点滅するのは10℃の文字。カーラジオからは、『東京は11℃ほどで、肌寒く感じるでしょう!!』というのだから、頭の中は?マークが浮かぶのも当然だ。日中でも5℃を下回り、夜には0℃が点滅するところで過ごしていると、東京では肌寒く感じるような気温でも、汗が滲んで来るのだ。
それにしても人の適応能力とは凄まじいものだ。ほんの3、4日前まで温暖な湘南に身を置いていたのに、水の里にしばし居を移すと、肌寒さは、骨の髄まで届くような暖かさになってしまうのだから・・・。
この秋、全国的に豊作であったキノコたちは、驚くほどの早さでその姿を消してしまった。わずかに存在感を誇示していた“クリタケ”もほとんどが霜にやられたようにひからびてしまい、新たに生まれ出る“クリタケ”など皆無であった。
長く厳しい冬の始まりだ。村人たちも、日々冬支度に追われている。近年、東京では白や青のイルミネーションが街を彩るようになったが、東京の冬があまり寒くならなくなり、体感温度を下げる彩りが故意に選ばれるようになったという。水の里では、白や青は似合わない。やはり寒く長い夜には暖色系の灯りがお似合いだ。黙っていても、白一色の世界になるのだから・・・。
今年もあと40日をきった。この11月はたくさんのイベントに参加させてもらっているので、慌しい日々を送る毎日であるが、そんななか、降り積もった落ち葉の上を、音を立てながらゆっくりと歩く時間が持てるのは、とてもありがたいことだ。経済でも、政治でも混迷を極めるこの時代で、1番大事なのは“人間力”らしい。その“人間力”を高める方法は多々あるだろうが、自然の中に身をおき、自然の流れに身を任せてみるのも、ひとつであるそうだ。
自然は厳しい、だから優しい。食材や飲み物を凍らせないために冷蔵庫に入れる地方の冬が、つらいか否かを分けるのは自分の心ひとつである。それは何も会津に限ったことではない。今、自分が置かれている状況について、幸か不幸かを分けるのもまた、自分の心ひとつだ。何をしろなどと大それたことなど言うつもりも無いが、子供達にはどんな状況に置かれようと、胸を張って前を向いていてほしいと願う。立ち止まって、涙を流すこともあるだろう。でも、頬を伝う涙が乾いたら、口を大きく開けて、笑い飛ばしてしまえばいい。そこまでできなければ、くすっとでもいい。微笑んで、鼻歌でも口ずさみながら、また歩き出してほしい。
    - 高 志 -

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