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傷 跡 

昨年秋に出された天候に関する長期予報では、暖冬になる見込みだったこの冬。いざ、冬に突入してみると、『観測史上・・・』だの『統計後最も・・・』などといった枕詞がつくほどの厳しい寒さと雪の多い、そしてそれらが長く続いた冬であった。
そんな冬にもようやくお別れの時期が来たようだ。春の到来といいつつも、首都圏には春一番さえ吹かなかったのだから、まだまだぶりかえしがあるのかもしれないが、それでも梅が満開となり、桜の開花宣言もちらほら聞こえはじめているので、新年度を迎え、新たな門出にたつ人々を祝うかのごとく桜も満開となりそうである。
昨春は大震災の影響で、心から春を感じることはなかったが、あれから1年がたったこの春はその頃に比べて、幾分穏やかな気持ちでこの時を迎えられている。
それでも、まだまだ震災の傷跡が、水の里界隈でさえ今なお残っているのが現状だ。昨年暮れに白河から羽鳥湖に抜ける街道が復旧した。その街道は、地震の影響で山が崩れ、道路が土砂で埋まってしまい、10ヶ月もの間通行止めを余儀なくされたのだった。
僕もオンシーズンにはメインルートとして活用していたが、震災以降は迂回路を活用せざるを得ず、またオフシーズン、すなわち積雪があるシーズンでは、この迂回路のほうが道幅が広く、除雪が行き届いているため、以前から活用していたのでそれほど不便を感じることはなかった。
春の知らせとともに、路面の雪が消えたのを確認したので、1年余りぶりに白河街道を通行してみた。復旧したとはいえ、依然片側通行の箇所が1kmほどの長さもあり、待ち時間が最大15分に及ぶこともあるようであった。路面のヒビ割れもあちこちに残されており、どうにか通行可能になったという程度の回復状況だ。『まだ当分、迂回路を通るしかないな』というのが、率直な感想だ。

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薪ストーブを囲んで 

冬の間は、村おさ・長さんのお店である東北釣堀苑は休業となる。ということは、それだけ時間に余裕がうまれることともなり、村おさ・長さん自慢の薪ストーブを囲んで、色々な話を窺う絶好の機会に恵まれるということにもなる。
今回は、数日前に行われた喜寿を祝う会に出席した話からはじまった。毎年、冬になると芦ノ牧温泉にある大川荘というホテルで同窓会が開かれるのだが、今年は数えで喜寿を迎えるとあって、ご存命である同窓生全員が参加されたそうだ。
もちろん、全員が会津に居を構えているわけも無く、遠方からはるばるやって来る方もいる訳で、そうした中での全員参加というのは、これこそ絆と呼ぶにふさわしい。欠席者、すなわち亡くなられた方はわずか4名というのにも驚かされた。
それでも、以前なら会費を集めても赤字になっていたのだが、今回は初めて会費が余ってしまったらしい。それだけ、飲み食いができなくなった証だと村おさ・長さんは笑っていたが、数えとはいえ喜寿の祝いに全員参加できるというだけでも、みなさん元気だという証だ。
そんな話から、村人たちの昔話に花が咲き始め、なかには石に含まれる鉄分を取り出し、それを溶かして、小銭を作っていた村人がいたという話には腹を抱えて大笑いした。今でも裏山を掘れば小銭が出て来るというから、まず間違いない。いわゆる昔で言う大判、小判といった大金ではなく、銭形平次が投げていたような小銭らしいのだが、偽造には違いなく、見つかって籐かごで連れていかれてしまったらしい。
その偽造したと言われる小銭が埋まっている裏山に、国土調査が入ることになった。むろん、その小銭が問題になることはないのだが、曖昧になっていた土地所有者が明らかになることとなった。村おさ・長さんは、早くに父親を亡くしたこともあって、土地の境界線というのを子どもの頃から聞かされていたらしいのだが、それでも忘れていた土地がたくさん出てきたらしい。村おさ・長さんでさえそうなのだから、他の村人に至ってはまさに晴天の霹靂とでもいうべき土地が次々と判明してしまった。

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