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卒 業 

桜の蕾が膨らみ始め、開花までもうそこまでという3/19、長女・汐里の小学校卒業式がおこなわれた。我が母校であるため、懐かしい校歌が体育館に響き渡る。来賓席には、同級生が市議会議員として出席しており、保護者席にも懐かしい面々がタイムスリップしたかのように座っている。だいぶ前に校舎は建て替えられており、その面影は何も無いが、校歌と懐かしい面々があの頃を思い出させてくれた。
汐里の学年はお騒がせの学年であり、いわゆる学級崩壊という現象を引き起こしていた。昨年の秋には、あまりの惨状に度々保護者が学校に集まり、その対策をねったりもしていた。それゆえに、この学年の卒業式がどうなるのやら、単なる卒業式とは違う興味を抱いて参加することになった。

卒業生入場の合図とともに、ひとりひとり緊張した面持ちで姿を現す。普段とは違う正装での姿が、よりいっそう幼い印象を与えている。今までの授業中や学校行事で見せていたひねくれた態度など、微塵も見せていない。

卒業証書を授与される頃から、早くも涙を流す生徒の姿が見られるようになった。それにつられるように、保護者席からも鼻をすする音が響き出す。在校生を代表して、5年生が歌や呼びかけで卒業生を送り出す。卒業生は、6年間の思い出を振り返り、その合間に思い出の歌を歌う。

僕等の頃よりも、歌の曲数が多いと感じたのは、年を経た証拠だろうか。ただ、初めの校歌と君が代以外は、みなJ-POPであったのは、あきらかに時代の移り変わりなのだろう。『あおげばとうとし』などは、いつごろから歌われなくなったのだろうか?J-POPが悪いとは言わないが、せめて卒業に関連した楽曲を選んでも良さそうなものなのに…。まあ、夢や希望といった歌詞の内容が若干ちりばめられていたのが、せめてもの救いか。

さて、例のやんちゃ坊主たちはというと、意外やみんなそろって感極まっているではないか。そう、ひとりひとりはみんな素直で、幼いくらいのかわいい子供たちなんだ。昨秋に授業を見に行ったときも、ただ単にすねているだけのように感じられた。悪いことをすれば、きちんと叱られたいし、先生に自分というものをわかって欲しかっただけなのだが、ほんのボタンの掛け違いと、日本人特有の“みんなで渡れば怖くない”的な集団心理とで我を見失い、何が良くて何が悪いのかがわからなくなっていただけなんだ。もちろん彼らには弁解の余地はない。少なくとも彼らが過した小学校生活最後の1年間は、完全燃焼とはいかなかったはずだ。でも彼らはしらけてはいなかった。遅いかもしれないけれど、この卒業式という場で人目をはばからず、号泣している彼らの姿を見て、彼らの心の中には熱いものが宿っていることを確信した。少し安心した。ただ、それだけにやっぱり“もったいない”なという思いが強かった。

卒業式を迎える前に、提出物や約束事を守らない汐里にお母ちゃんとともに説教をした。汐里も周囲に流され、すっかりだらしなくなっており、物事の善悪がわからなくなっていたのだ。そして卒業式を2、3日後に控えた日、僕がお水採りに行っている間に、お母ちゃんがとどめをさすかのようなすったもんだがあったらしい。その翌日、汐里は担任の先生に今までの非礼なる態度をお詫びしたようだ。

言わずもがな、卒業式の最中、汐里は号泣していた。お母ちゃんも号泣していた。ギリギリではあったが、小学校に悔いなる思いを残さず、卒業できたようだ。

僕がお水採りに行っている間のすったもんだなど知らなかったが、水の里を発つ前に滝ノ沢のお水の神様に、『山の娘』と呼ばれた汐里が、どうにか無事に小学校を卒業できることを感謝し、これからの新たなる良き旅立ちをお願いした。平成22年、3月19日、汐里、卒業。

- 高 志 -

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