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流れのままに 


大型連休と重なった前回の配達。昨年が、震災と原発の影響で心から連休を満喫するには至らなかったせいか、今年は大勢の方が海外やら国内の観光名所を訪れたとあって、都内の道路は気持ちの良いくらいスムーズに流れていた。時たま見られる地方ナンバーの危なっかしい運転を除けば快適そのものであったが、同時にそのことは会員さんの不在をも孕むことにつながり、2週間に一度のご対面の機会を逃す寂しさが同居することとなった。
オーガニック七菜チームの連休は、配達終了後から始まることとなったのだが、例年、特別に連休だからといって通常業務は変わらず行われ、日程が合う年にはお水採りとともに、お水の里に山菜取りツアーに出かける程度だった。
それが今年は、後半の祝日にお店を閉めることによって、我らが生命の源となる野菜を作ってくださっている茨城の長井さんのお宅にスタッフ一同遊びに行かせてもらうこととなったのだ。
とは言うものの、直前までバタバタするのは七菜チームの専売特許で、当初今回の連休はこの長井農園見学ツアーだけであったのが、急遽その前に水の里にも行ってしまおうということになり、水曜日の配達が終了した後、その日まで営業していたお店に集合して夕飯を食べて、それから出発するという、わざわざ自ら強行スケジュールを敢行することになったのだ。
くしくも天気予報はその夜から雨。前途多難となるかに思えたこのツアーだが、やはり物事には必ず意味があるようで、この雨によって村おさ・長さんのお店にご来店されるお客さんも減ってしまい、そのことによって少しゆっくりと村おさ・長さんや山のお母さんと話ができたことは当初の目的を果たすには充分な効果であったと言わざるを得ない。
そんな天気も、翌日いよいよ長井農園に向かう頃にはすっかり青空が広がり、その日の宴や翌日の畑作業を行うには絶好の天気となった。平年より寒かったことも功を奏し、屋外でバーベキューをしても、ほとんど虫の被害に合うことも無く過ごせたし、前日までの雨で湿った薪に火をつけるのはかなり苦労したが、その苦労があったことと、気温の低さが重なりあったことで、キャンプファイヤーがことのほか愛おしいものになったのも、これまた必然というべきなのだろう。

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光射す方へ 

ようやく福島にも桜前線が到着した。水の里に通うようになってから毎年のことなのだが、自宅周辺の桜が散ってしまったあとも、こうして福島でもういちど満開の桜を愛でられるのだ。
昨年は、震災の影響でゆっくりと、特に瓦屋根が落ちたり、家が傾いたりしている横では、どんなに鮮やかに、健気に花を咲かせてくれても、花を愛でるという気分にはなれなかった。
そんな矢先、物凄いタイミングの良さで、ラジオから『花に興味を抱けるときは、心に余裕がある時なんですと、とある学者さんが教えてくれました』という放送が流れてきた。
昨年、自宅周辺では、敢えて家族で桜を見に行った。もちろん心に余裕があったわけではないが、日夜、壮絶なシーンがテレビから流れてくるなか、子供の心にも相当なストレスがたまっていたに違いない。そんな重い心が、少しでも軽くなればと花見に行った。でもそれは、子供もそうだが、つまりは自分がそうなりたいと思ったにすぎないのだが・・・。
奇跡的に、水の里は被害を受けなかったのだが、それでも水の里の桜をゆっくりと愛でることはなかった。残念ではあったが、あの時、僕には水の里の桜を受け入れる余裕がなかったようだ。
それから時が過ぎ、山肌をパステルカラーが覆い、やがて鮮やかな紅葉の季節を迎え、そして白一色の世界に包まれても、心穏やかに過ごす事ができないでいると思っていたのだが、今、こうして福島の桜を、1年前とは違って、愛でることができているのだから、知らず知らずのうちに、少しは心に余裕がでてきたようだ。

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それでも前へ・・・ 

『どのくらい溜まっているんだ?』
帳簿を覗き込みながら、村おさ・長さんが声を一段落とし、山のお母さんに問いかけた。
『半年くらいかな?』
5ヶ月という数字を理解しながらも、返答は少々ぼかした言い方となった。
『うーん、どうしたもんかな?』
村おさ・長さんは腕組みをしながら、しばし黙考した。『とにかく、呼んで話を聞くべ!』
村おさ・長さんと山のお母さんは、水の里で東北釣堀苑という釣堀&食事処を営んでいるが、それと同時に郡山の自宅周辺、すなわち日本大学郡山校舎のまわりでアパート経営もしている。星コーポという名称だが、首都圏なら立派なマンションとして通るほどのもので、第1から第3までの3棟を経営している。日本大学の目の前ということもあって、学生さんの入居が大半を占めるが、社会人も多数入居しているようだ。
その内の一室で、家賃の滞納が起きているのだ。学生が大半ということもあって、1、2ヶ月の滞納は良くあることらしいが、半年近くの滞納で音沙汰もないとなると、やはり問題にしないわけにはいかない。日をあらため、入居者に連絡をとり、状況を確認することとなった。
入居者は、案の定、日本大学の大学院生であった。青ざめたその顔には、大粒の涙が頬を伝っていた。『申し訳ありません。実は、大学を辞めるしかないと思っているんです』彼は岩手県の出身で、実家は大震災の際に津波に襲われ、家ごとすべて流されてしまったそうだ。どうにか一命だけは取り止めたそうだが、あとは全てを失ってしまい、現在は仮設住宅で寒さを凌いでいるということだった。そのような状況ゆえに、仕送りもままならず、家賃が払えなくなってしまったのが原因であった。
大学院生活もあと1年を残しているが、そのような状況だけにこの春で大学院を退学することにしたということだった。

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すべては子ども達のために・・・ 

 年明けから様々な事が起きており、ベストセラー本の『心を整える』ではないが、心穏やかに過ごすことを願いつつも、なかなかそうはいかない現状に、少々自己嫌悪に陥ったりしている。 
小さなことをあげたらきりがないので大きなことに話題をしぼり、まずは水の里の出来事について触れてみたい。新年最初のお水採りは、毎年三が日明けの4日から行っている。今年もそのつもりで用意をしていたのだが、4日朝に救急車騒動が起こり、見送ることになった。幸い大事には至らなかったが、なんとも今年1年を象徴するような始まりとなった。
明けて5日早朝、いよいよ水の里に向かうべく、まだ暗闇のなか家を出発した。なぜそんな時間に出発するのかというと、冬の間は路面が凍結しているため、除雪がひと段落し日中の一番気温が高い時間帯に山道を走ることが、もっとも事故を回避できる可能性が高いからである。
お昼頃、無事に水の里に着くと、村おさ・長さんが薪ストーブの前に陣取り、昼食を食べているところだった。案の定、森のバスの前は除雪によって固められた雪壁に阻まれ、雪かきをしないとバスのなかに入れない状況であったが、まずは村おさ・長さんに新年の挨拶に伺った。ひととおり挨拶を済ませ世間話などをおえると、いよいよお水採りの準備をするため、雪かきにとりかかった。その時だった。絶えることなく流れでる滝の沢の水場が雪に覆われ、凍っていたのだ。
冬の間は、パイプの凍結を防ぐためにバルブを開けっ放しにして、常に水を流しておくのだが、どうやらそうした知恵のない人が水を汲みにきて、バルブを閉めてしまったようなのだ。かれこれ13回目の冬を迎えるなかで、初めての出来事だった。村おさ・長さんに相談し、どうにか同じ水をひいているお店で汲ませてもらうこととなったが、波乱の幕開けとなってしまった。
その流れは、さらに大きなうねりとなって10日の朝に襲いかかってきた。配達の準備をしていたときにかかってきた1本の電話。トラさんが救急隊によって病院に運ばれた。電話から醸し出される慌しい動き。今まで幾度となくかかってきた電話とは、明らかに異なっていた。しばらくして、携帯メールに届いた『死にました』の文字。そこから怒涛の日々がはじまった。

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今年も、無事に・・・!!  

2月も下旬になって、待望の“春一番”が吹いた。降り注ぐ陽射しは、春の温もりを届けてくれ、水場の脇には、早出の“ふきのとう”が芽吹いている。
それでも、“三寒四温”とは良く言ったもので、心安らぐ温もりばかりではなく、まだまだ真冬を思わせるほどの寒気に見舞われる日もある。その振り幅たるや、4月中旬の暖かさから真冬の厳しい寒さまで大きいので、なんだか心の底から安らげないのも事実である。
そんな調子で3月を迎え、今年もこの時期の最大イベントである“栄光学園卒業祝賀会”のお手伝いをさせていただくことが出来た。回を重ねること、4回目。500人規模という見当もつかないなかで始めたところから試行錯誤を重ね、さすがに要領をつかめるようになってきたというのが、素直な感想だ。

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